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2013.5.20
  [夜景学]
 
 
夜景を彩るもうひとつの主役。
月について考えてみましょう。
 
 
 
 
月明かりを頼りに夜を過ごし、月の動きを手がかりに暦をつくり、潮の満ちひきを知ったのは日本人だけではないでしょうが、日本には古くから観月の文化があります。では観月にどのような思いが込められていたのでしょうか?

西洋では月は狂気を表すものなので観月の風習はほとんどみられませんが、日本人にとっては、観月は自然と人生を結びつける奥ゆかしい行為とされています。

ここで桂離宮を造営した八条宮智仁親王が桂離宮の月見台で中秋の名月に詠んだ和歌を紹介しましょう。

「月をこそ親しみあかぬ思うこと 言わむばかりの友と向かひて」

これは月だけが、心の友だちだと孤独を打ち明けている和歌で、月と日本人の関係を文化的に紐解いていくと、月は日本人にはなくてはならない心の友のような気がしてきます。

また、花鳥風月は和歌の重要なテーマですが、面白いことに『古今集』で31首、『後撰和歌集』で49首、『拾遺和歌集』で109首、『千載和歌集』で154首、『新古今和歌集』で300首と時を追うごとに増えているそうです。その理由としては、「月」は最初、春の主題として扱われていましたが、それが秋の主題へと移り、そのうち花鳥風月そのものが寂しいもの、冷えたもの、孤立的なものとして趣が移り、さらに人々の間で冬の月への関心が深まったことを表しています。いわゆる、の象徴としての「月」という認識が高まったことを表しているということです。

さらに、月はその時々に形も名も変わります。どうやら、それが人々の創造性を刺激したのかもしれません。昔の人は月そのものが未完の美であると感じ取っていたのでしょう。だからこそ俳句や和歌に未完の美である「あわれ」「侘び」そして「幽玄」を表現できたのですね。しかし近代になって、月は侘び、寂びという概念だけでなく、さらに「補完」という概念を含有することになってきました。松岡正剛氏は『花鳥風月の科学』(中公文庫刊)の中でその始まりを夭折した詩人、富永太郎の詩ではないかと言っています。ここに富永太郎の作品『影絵』を紹介しましょう。

半欠けの日本の月の下を、
一寸法師の夫婦が急ぐ。


「一寸法師の夫婦」とは、朝から夜更けまで働けど一向に楽にならない貧しい当時の日本の生活風土と、誰かといても何かが足りない感覚を表し、「半欠けの月」が対になっていて、二人でいても完璧にはならない夫婦と月が共に描かれることで、夫婦の“何か足りないもの”を補完していると松岡氏はこの詩を解釈しています。逆に言えば「月があって、我がいる」救済の感覚がある。もしかすると、みなさんも子どもの頃、夜道を歩いている時に「月がずっと見守ってついて歩くから大丈夫」と感じたことがあるんじゃないでしょうか?

現代では忘れさられた感覚かも知れませんが、月と何かで一対となる感覚。こうした美学をかつての日本人はたくさん持っていたんですね。

などなど、月について書き進めると筆が止まらないほど、多くな魅力を抱いている事に気づきます。またの機会に、この続きを記してみることにしましょう。

 
 
 
 
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夜景評論家 丸々もとお
 
丸々もとお[スーパー夜景サイト]
http://www.superyakei.com

「夜景評論家」(R)で夜景観光のパイオニア。立教大学観光学科卒。ぴあ、リクルート等を経て独立。 観光学、景観学、色彩心理学など学際的に評論する独自の「夜景学」を構築。執筆活動のほか、イベント、飲食&展望台プロデュース、地域活性、各マスコミ等で活躍中。神戸市、横浜市、長崎市、川崎市等の夜景観光アドバイザーを歴任。「夜景検定」の総監修。全国に広がる“工場夜景クルージング”の仕掛け人で、テレビ東京系「ソロモン流」で夜景の賢人として紹介。
 

 
 
 

       
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